美術×建築
まちあるきワークショップ2022
天王洲を読み解く
バッファゾーンと色彩に富んだ街、天王洲アイル
Tennozu Isle, full of buffer zone and colors
プロジェクト概要
私たちのグループでは、まちあるきを通して、水辺空間のバッファゾーンとしての特性と、アートやまちなみが創り出す色彩が、天王洲アイルの特徴であると考えた。そして本プロジェクトでは、それぞれの特徴に沿って、天王洲アイルを捉えることを試みた。
1つ目の特徴である水辺空間によって、天王洲アイルでは商業施設や住宅などの都市機能が分離されている。しかしこうした「バッファゾーン」の役割は運河だけが担っているわけではない。各所に設けられたアートやオープンスペースもその例と言えると考えた。こうした多彩なバッファが存在することから、天王洲アイルは、「バッファに富んだ街」として捉えなおすことができると考え、研究を行った。
一方、天王洲アイルの2つ目の特徴である色彩について、それを最も象徴的に示すのがアートだろう。こうした特徴が生まれた裏には、天王洲総合開発協議会による開発があった。本プロジェクトではこうした天王洲アイルの色を収集することをテーマとし、天王洲アイルをさらに色の側面から捉え直す。
こうした2つの特徴から天王洲アイルを眺めたとき、そこには地形を生かしながらも住民に寄り添った開発が進められることで、バッファと色彩によって豊かな生活が実現された都市の在り方を私たちは見る事ができるだろう。
1. パブリックスペースとプライベートスペース
バッファゾーン
天王洲では、水辺を隔てる形で、商業施設と住宅などの都市機能が分離して存在している。つまり、水辺がプライベート空間とパブリック空間を隔てるバッファの役割をしているということが街歩きの中で発見された。そこで、天王洲アイルをバッファの観点でとらえ直すことができるのではないかという仮説を立てた。
天王洲におけるバッファゾーンについて具体例を取り上げる。物理空間としてのバッファゾーン1つ目は、先述した通り地形にするものである。住宅と商業施設が水辺を隔てて別れて存在しており、プライベートスペースとパブリックスペースが天王洲運河という水辺を隔てて別れて存在している。つまり、天王洲において、「天王洲運河」は運河という地形を生かしたバッファゾーンになっていると言うことができる。
物理空間としてのバッファゾーンの2つ目は、オープンスペースによるものである。主にオフィスの入る超高層ビルが集まる中央から北東にかけてのエリアでは、民間の公共空地などからなるオープンスペースが設けられており、オフィスワーカーに限らず様々な人々が利用できる空間である。写真はファーストタワーとスフィアタワーの間にある公開空地で、実際に子供を連れた地域住民や商業施設に来た人々が集まっている。これらの2棟のオフィスビルはモノレール天王洲アイル駅とボンドストリートの間に位置している。駅と商業・文化エリアの間にオープンスペースがあることで、オフィスビル群が様々な目的を持つ人の移動の障壁となることを防ぐ役割を果たしている。つまり、人々が集まる場所としてだけでなく、スムーズな利用のために作られた「通り」のような空間とも言えるだろう。
1| ファーストタワーとスフィアタワーの間にある公開空地
3つ目のバッファ空間として挙げるボンドストリートは物理的なものではなく、「精神的な余裕を作る」バッファである。ボンドストリートは、ふれあい橋から伸びる200メートルほどの道で、その道沿いには倉庫だった建物をリノベーションしたレストランなどの商業施設のほか、オフィスや文化施設が立ち並ぶ。複数の用途で使われている周辺の土地をひとつにまとめているのがボンドストリートのアートであり、東横イン立体駐車場の壁面アートや、コンクリート工場の壁に描かれたアートなどがある。また、道に面したオープンカフェもあり、道として通るだけでなく、ゆっくりと過ごす空間の役割もある。このようにボンドストリートは、多様なものが集まる中にアートによって精神的余裕を与えるバッファということができる。同じ観点から、街中のパブリックアートもボンドストリート同様に精神的余裕を与えるバッファであるといえる。
清澄白河との比較
天王洲と同様に水辺に接するという地形的な特徴を持つ清澄白河を、天王洲の比較対象として取り上げる。清澄白河では天王洲と同じように川がバッファゾーン の役割を果たしており、具体的には隅田川と小名木川がバッファゾーンの役割を果たしている。清澄白河の特徴としては、隅田川沿いに企業が集中している点を挙げることができる。特に工場や物流、倉庫系の会社が大半を占めており、その背景として、高速のインターチェンジが近いことや昔は隅田川を用いた海運が多かったことが理由の1つであると推察される。一方、万年橋通りを超えると、プライベートスペースを有する建物が大半になることから、万年橋通りがバッファゾーンになっていると考えられる。天王洲と同じように過去、工場、倉庫が存在する地域ではあるものの、現在の土地活用は大きく異なっており、道路の役割も、天王洲のボンドストリートとは異なっている。さらに、天王洲と清澄白河を比較すると、同建造物内の利用目的の分布に大きな違いが見られる。清澄白河では高層階に住居、低層階にサービス業を営む施設が多く見られ、多くの建物の中でパブリックスペースとプライベートスペースが共存している。一方、天王洲は高層階にオフィス、低層階に商業施設が設置されるなど、パブリックスペースとして利用される建物はその全体がパブリックスペースとして活用されている。
2.街の色彩について
天王洲アイルでは「人間の知性と創造性に働きかける環境づくり」が開発コンセプトとして掲げられており、1985年に発足した天王洲の地権者22社による「天王洲総合開発協議会」が主体となって都市開発が始められた。このコンセプトにはAIなどの最新技術がどんどん発達している今の時代に人間本来の能力を取り戻す必要があるとの考え方から生まれた。開発は以下の4本柱で進められている。一つ目が水と緑に囲まれた環境、二つ目が劇場やギャラリーなどの文化施設の整備、三つ目が地元住民にとっても天王洲で働く人にとってもコミュニケーションの取りやすい商業施設の整備、四つ目が新宿駅・東京駅や羽田空港からも近い立地の活用である 1)。人々が働ける場や休日を過ごす場としての機能性に加えて、アートを主体にした文化性も重視されていると言えるだろう。
以上を踏まえ、私たちは「天王洲アイルの色を収集する」というテーマを新たに設定し、人を主体とした街づくりとその背景に迫ることを目的に調査を進めた。主に取り組んだのは街並みの色彩を集めて地図上に集めるというものである。実際に街歩きで赴いた六ヶ所の建物やアートを調査対象とした。天王洲運河に停泊する4隻の船で構成される水上アートホテルPETALS TOKKYO、三味線を持った女性の大きくカラフルなアートが印象的なホテル東横イン、現代アート作品の展示・販売やアーティストとの交流の場を提供するWhat Cafe、天王洲の活気ある風景がモチーフとなったウォールアート、CMや動画制作を行う広告の会社である株式会社amana、インテリアショップACTUSの経営するSLOW HOUSEの六ヶ所である。結果は写真2の通りであった。これをベースカラーとアクセントカラーの二つに分類したのが写真3・4である。ベースカラーは白や茶色、グレーといったシンプルな色なのに対し、アクセントカラーは赤や青色、オレンジといった鮮やかな色が集まった。
2| 地図に落とし込んだ色彩収集の調査結果
3| 色彩収集の分類(1)
4| 色彩収集の分類(2)
この地図に落とし込む作業に加え、追加調査として再度天王洲アイルに赴いて寺田倉庫から天王洲運河までの街歩きを行い、三ヶ所に分けて360度の撮影を行った。場所はA地点が寺田倉庫側、B地点をWhat cafe前、C地点を天王洲運河側とし、各地で内陸部のボンドストリートからの視点と対象の建物を挟んだ反対側の運河沿いのボードウォークからの視点で一つの地点につき二枚ずつの写真を撮影した。その結果が写真5・6・7である。色彩に注目すると、先述した調査の通り壁には彩度が低く明度の高い淡い色彩が使われていることが読み取れる。
この調査を通して、中央を境界にまるで鏡に写したように左右対称で街の景観には連続性があること、道が広々としていて回遊性があること、街の色彩は彩度が抑えられ統一されていることが分かり、これらによって一体感が生み出されていることが分析できた。
5| 360°撮影の写真(1)
(上側がボンドストリート、下側がボードウォークから撮影)
6| 360°撮影の写真(2)
7| 360°撮影の写真(3)
このような色彩が採用されている背景には、品川区景観計画に定められる、色彩の基準という規定がある。この規定は、天王州地区景観まちづくり研究会が「アートになる島、ハートのある街」をコンセプトに、住民の声を反映する形で定められた。規定の内容を天王洲と内陸部で比較すると、内陸部は、ベースカラーの明度は3以上であれば良く、使用できるアクセントカラーに制限はない一方で、天王洲アイルにおいてはアクセントカラーの彩度が高すぎると使用ができず、赤紫や緑の中間色に比べて赤や黄の暖色は彩度の高い色が使用可能となる。(写真8)このように、天王洲アイルの景観においては、ベースカラーがグレー、白、茶色などの彩度が低く明度が高い色が多くなっていることから、自然とアクセントカラーが目立つという仕組みができている。また、アクセントカラーは外壁の1/5に収めるという規定により、ベースカラーとアクセントカラーの使用比率は4:1になることが分かった。
8| 天王洲と内陸部の色彩基準値比較(4)
さらに、追加調査の際には景色となじむ標識等の事例の収集も行った。標識や広告物に関しては、「原色や蛍光色の表示は抑える。」「質の高いデザインに努める。」等の規定があり、実際に、この規定に沿った形で制作された標識は街のいたるところで見受けられた。(写真9・10・11)
9| 駐車スペース標識(5) 10| 車進入禁止標識(6) 11| 駐車禁止標識(7)
以上のように、天王洲は水と緑に囲まれた立地が特徴であり、「アートになる島、ハートのある街」をコンセプトに独自の街の在り方を世界に発信しており、住民の声が反映された景観や色彩の規定によってアートの映える街並みになっているということ、このような色彩の規定や街づくりの工夫を背景に物理的な空間や精神的な余裕を作るためのバッファが複数形成されているという点から、人々の感性や知性を刺激しより豊かな暮らしを提供できるような工夫が随所に見られる街であると言える。
【注】
(注1) ”WHAT'S TENNOZU”. 天王洲アイル地域情報サイト. https://www.e-tennoz.com/whatstennoz/history.htmlz(最終閲覧日:2023.3.6)
【参考文献】
(文献1)”WHAT'S TENNOZU”. 天王洲アイル地域情報サイト. https://www.e-tennoz.com/whatstennoz/history.htmlz(最終閲覧日:2023.3.6)
【図表の出典】
写真(1) 執筆者(伊藤駿)撮影
写真(2)から(7) 執筆者(川嶋友菜)撮影
写真(8)“品川区景観計画 色彩の基準の解説(平成23年4月)” 品川区公式ホームページhttps://www.city.shinagawa.tokyo.jp/PC/kankyo/kankyo-toshiseibi/kankyo-toshiseibi-keikankeikaku/sikisainokijyunnokaisetsu.pdf(最終閲覧日:2023.3.10)
写真(9)から(11)執筆者(中村由佳)撮影
【執筆者】
1.伊藤駿 Shun Ito (文化構想4年)
2.村島悠月 Yuzuki Murashima (文化構想4年)
3.遠藤加奈子 Kanako Endo (文化構想3年)
4.加藤祐弥 Yuya Kato (文化構想3年)
5.川嶋友菜 Yuna Kawashima (文化構想3年)
6.中村由佳 Yuka Nakamura (文化構想3年)
7. 皆尾拓真 Takuma Minao (文化構想3年)










