美術×建築
まちあるきワークショップ2022
天王洲を読み解く
天王洲運河論
Theory of Tennoz canal
プロジェクト概要
本プロジェクトは、天王洲を表象するものを追究し、その過程で明らかになった天王洲らしさをより押し出した魅力的な街づくりを構想することを目的としている。研究のプロセスとして、「A.時代を経ても残り続ける天王洲の痕跡」と「B.天王洲運河の表象と展望」にパートを分けて調査と考察を行った。「A.時代を経ても残り続ける天王洲の痕跡」では、文献調査と実地調査から現在に伝わる天王洲の歴史の痕跡や、開発の変遷を辿った。ここから、天王洲の表象が運河であると仮説を立てた。「B.天王洲運河の表象と展望」では、Aで提示した仮説「天王洲運河論」を検証するため、メディア調査と実地調査を行った。メディアにより運河のイメージが定着しているように見られる一方、実際は運河を目当てに訪れる人はほとんどおらず、来訪者の目的地であるアートスペースや劇場のエリアと、近隣住民で賑わう公園のエリアの間に分断が生じてしまっている。天王洲の今後の展望として、運河を始め天王洲の特性を活かした街づくりでエリアの分断をなくす将来像を提案する。
1.時代を経ても残り続ける天王洲の痕跡
天王洲の歴史
天王洲の表象として、まず地名に注目してみると、この地と祭事が大きく関与していることが分かる。1751(宝暦元年)、船人によって牛頭天王の面がこの海域から引き上げられたことが、天王洲の地名の由来となっている(文献1)。東京都品川区北品川に位置する荏原神社では、この牛頭天皇を祀る天王祭が行われる(文献2)。祀る対象の名が地名に残されていることから、この地は神事との結びつきが強く、天王洲の表象として祭りを挙げることが可能と思われる。
また、目黒川水門に描かれた鯨の絵も、天王洲を表象するものの一つと言える。運河ルネッサンス協会によって平成20年に塗装されたこの鯨の絵は、江戸時代に品川沖にやってきた鯨を漁師たちが捕らえたという逸話から採用されている(文献3)。この水門の塗装をきっかけに、「しながわ運河まつり」が開催されるようになった(文献4)。水門近くにある東品川海上公園の滑り台も、鯨をイメージしたデザインになっている。このように、鯨という海の生き物が天王洲の特性を押し出す上で注目されてきたことが分かる。
1|目黒川水門
2|東品川海上公園にある鯨をモチーフにした滑り台
天王洲の開発
天王洲の地名や風景から昔の痕跡を辿る他に、開発の歴史からも天王洲の表象を追究することを試みた。過去から現在までの空中写真を比較することで、天王洲の変化を分析したところ、この地は江戸時代に造られた品川第四台場が元になっていることが分かった。天王洲が埋め立てられてからは、倉庫の整備に応じて道路や橋の整備も始まったと思われる。その後、台場跡地の倉庫が解体され、埋め立て地区の拡大などの開発が進み、天王洲アイル駅が開業したことでシーフォートスクエアの開発も進んだことが読み取れる(注1)。このように、「埋め立て→倉庫整備→駅開業による再開発」という天王洲の変遷が、品川第四台場跡地に色濃く現れていることから、品川第四台場跡地こそ開発の歴史をかたどる「天王洲の表象」としての意味合いをもつ地区と言える。
3|品川第四台場跡地の変遷
仮説
空中写真の比較から天王洲の建物の変遷に着目すると、天王洲の埋め立てによって新しく生まれた運河沿いから、建物の開発が進んでいることが見てとれる。また、現在も天王洲運河沿いに建物が多く見られる。このように、開発の中心となり、建物の多さから人も多く集まると思われる運河沿いこそが天王洲の表象であると仮説を立てた。地名の由来にもなった牛頭天皇の面を引き上げた場所も、水門や遊具に見られる鯨のイメージも海と関わりがあることから、海と続いている運河は天王洲らしさを構成する上で外すことのできない要素となっていると推測できる。
4|天王洲の建物の変遷
2.天王洲運河の表象と展望
Aで調査した点を踏まえ、「天王洲=運河」というイメージが人々の間に定着していると考えられた。この仮説を基に、メディア調査と実地調査を行った。ここで「天王洲運河」の定義を再確認したい。天王洲運河とは東京都港湾局が定める運河ルネサンス品川浦・天王洲地区の中にある運河の名称である。調査は「天王洲運河が天王洲の表象になり得るか」に着目して行った。
メディア調査ではドラマ・CM・アニメの3つの媒体を取り上げた。まずドラマについては天王洲運河沿いのシーフォートスクエアを舞台に撮影された作品が多くみられた。実際の作品を見てもシーフォートスクエアの建物に加え、運河も一緒に映っていることが多かった。また、CMについても同様に化粧品広告や商社の広告に運河沿いが使用されていた。さらに、アニメ「ラブライブ」においては天王洲運河を始めとした天王洲の風景がそのまま取り入れられていた。
このように、メディアで表象される天王洲の姿を見ると、マスメディア、CM広告等を通じて、広く人々に「天王洲=運河」のイメージが定着していると考えられた。そして、そのようなイメージから運河を目的に訪れる人の流れが多いと考えられた。
ここまでの過程を踏まえ、実際の運河沿いの人の流れを確かめるため平日夕方・休日夜の二度に分けて現地調査を行った。
対象として運河西側のボンドストリートや東海上公園、運河東側のシーフォートスクエア近辺を挙げた。事前に西側は昼に地元の子どもや散歩をする高齢者が多く、夜は観光客が多いという予想を立てた。結果は予想に反し公園では高校生が部活動で利用する程度であり、またボンドストリートでは観光客が数名いる程度であった。夜も大きく様相は変わらず観光客が数名いる程度であり、予想に反して地元の方の利用や観光客でにぎわうといった様子は見受けられなかった(図5)。
5| 平日夕方のボンドストリートの様子
運河東側のシーフォートスクエアに関して、昼は舞台観劇や観光客、夜は舞台観劇やビジネスマンの往来といった施設の特徴を活かした予想を立てたが、結果は西側と同様に閑散としており10名程度が往来するのみであった。
この結果を踏まえ、私たちは天王洲の運河並びに表象にかんして予想と考察の変更を余儀なくされることとなった。天王洲は運河から始まった開発に端を発しており、人々には「天王洲=運河」というイメージが多く定着していると考えていたが、実際には運河を目当てに訪れている人はほぼおらず、アートスペースや銀河劇場でイベントがない場合完全に地元の人々が集う街となっていた。
この調査結果を基に私たちは新たに「地元の人々」に焦点を当て、「天王洲=運河」という街のブランディングが地元の人々にどのようにつながっているのかを調査するために再度現地調査を行った。
より地元の人々や外部から来る人が多いであろう休日の昼に調査を行い、人々の交流に加えて地域によって地元の人と外部の人とのどちらが占有率が高いのかも同時に調査を重ねた。二月の気温が低い中での調査だったが、天候に恵まれたこともあり多くの人でにぎわっていたが、特に東品川海上公園では子供連れや高齢者など地元の人々が多く見受けられた。
一方で、Whatミュージアムを境に外部の来訪者が訪れるエリアと内部の地元の人たちで賑わうエリアの間には境界線を感じた。
6|Whatミュージアム付近(1) 7|Whatミュージアム付近(2)
図6・図7はWhatミュージアム脇にある通り道から2方向を切り取った写真である。図2は東品川海上公園側を見た図であり、図3はボンドストリート側を見た図となっている。同地点から切り取った写真であるが、街の景色に大きな違いがあるという点が見受けられる。図2の地元の人々でにぎわうエリアはイベントの有無にかかわらず一定の賑わいが見られるのに対し、図3のエリアはイベントがない日には休日であっても閑散としてしまう地域となっている。この、同じ街でも大きな二面性あるという点が今回の現地調査で得た大きな収穫となった。
以上の二度にわたる現地調査を踏まえ、天王洲は地元の人々と外部から来る人々との間で物理的・施設的に分断された街であるということを発見した。これからの天王洲の展望として、この分断を埋めるために運河沿いの環境を活かし、運河やアート、倉庫という天王洲のもつ特徴的な要素を包括的に結びつけるような取り組みが必要になるのではないだろうか。現状はSNSやイベントの開催により注目を浴びる街となっているが、一過性の取り組みではなく20年後・30年後を見越した取り組みを行うことで多様な人々が集う独自の街へと発展していくことが望まれる。
【注】
(注1)(注2)国土地理院 空中写真閲覧サービス、https://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1を参照している(最終閲覧日:2023.3.9)。
【参考文献】
(文献1)しながわ観光協会、https://shinagawa-kanko.or.jp/wp-content/uploads/2018/03/megurogawa.pdf(最終閲覧日:2023.3.10)
(文献2)荏原神社 三大祭り、http://ebarajinja.org/maturi/(最終閲覧日:2023.3.10)
(文献3)東京とりっぷ、目黒川水門、https://tokyo-trip.org/spot/visiting/tk1195/ (最終閲覧日:2023.3.9)
(文献4)運河ルネサンスによる取組(品川浦・天王洲地区)、 https://www.kouwan.metro.tokyo.lg.jp/kanko/02tennouzu.pdf(最終閲覧日:2023.3.9)
【図表の出典】
(1)東京とりっぷ、目黒川水門、https://tokyo-trip.org/spot/visiting/tk1195/(最終閲覧日:2023.3.10)
(2)品川区、東品川海上公園 クジラの滑り台がリニューアル、https://www.city.shinagawa.tokyo.jp/PC/shinagawaphotonews/shinagawaphotonews-2016/hpg000028094.html(最終閲覧日:2023.3.10)
(3)(4)国土地理院 空中写真閲覧サービス、https://mapps.gsi.go.jp/maplibSearch.do#1をもとに加筆、作成
【執筆者】
(文化構想4年)内田奈那、佐藤全、高瀬舞衣






